前記事例の如く、妻(多くの場合)が子を連れて本国に帰国する背景には色々な事情がある。経済的にも恵まれ、円満な夫婦関係があれば、子の連れ去りまでする必要はない。ほとんどの場合はその逆のケースが多い。夫婦が別れる際には、常居所地国で調停とか訴訟により、監護権(親権)者、面会交流権、養育費、慰謝料、財産分与等一切の必要な事項を決め、面会交流の具体的な方法を協議のうえ別れるのが望ましい。特に子にとってはそれがベストである。その意味で、ハーグ条約の達しようとしている目的は正しいといえる。しかしながら、前記事例でも明らかなように、連れ去る側にもやむを得ぬ事情がある場合があり、常に事前に法的手続をとれないこともある。また、ハーグ条約では、子の監護権(親権)の問題は、まず返還してから常居所地国での法的手続で決定するのがよいとする原則は理解できるとしても、高額な訴訟費用を負担できずに泣き寝入りをせざるを得ない場合がある。特に連れ去りの事例では経済的に余裕のない場合が多いので(夫から養育費すら支払われていないことも多い)、ハーグ条約の「とりあえず」常居所地国に返還するという原則のみでは、結果として子供を不幸にする場合もありうる。従って、ハーグ条約を批准し、単にそれを実施する国内法を制定するのみでは、「子の最善の利益」が常に確保されるとは言えないのである。 |