6.日本における国際仲裁活性化の試み
日本における国際仲裁活性化への動きは外国弁護士問題との関係で外圧により始まったということができる。日本は1986年(昭和61年)にいわゆる外弁法(注9)を制定して、外国弁護士も弁護士会に登録して外国法事務弁護士になれば一定の範囲で(原資格国法と指定法に関して)日本国内で業として法律事務を行うことができるものとした。
しかしながら、仲裁判断は確定判決と同じ効力を有するものであるので、当初の外弁法では外国弁護士は日本国内の仲裁事件で代理人になることはできないと解されていた。このようなことから、その後欧米から強い圧力がかかるようになり、一時は米の自由化と外弁問題が日本外交の重大な争点となるに至った。
また、日本の仲裁に関与し代理人になれなかった外国弁護士からも日本の仲裁が活性化されないのは外国弁護士の取り扱える業務範囲から仲裁代理を除外されているからだという趣旨の論文も公表されたりした。(注10)
このような状況の下で日弁連と法務省は1994年(平成6年)6月から「国際仲裁代理研究会」を共催した(注11)。その後同研究会は、香港、シンガポール、オーストラリアの仲裁制度を調査し、参考としたうえで1995年(平成7年)10月25日に報告書を公表し、以下のような提言を行った。
「我が国の国際仲裁を活性化し、充実させるために、国際仲裁手続においては、外国弁護士が当事者を代理すること及び外国法事務弁護士についても原資格国法又は指定法による制限なく当事者を代理することができること法律上明定すべきである。なお、我が国における国際仲裁を活性化し、充実させて、より高次の段階に発展させるためには、国際仲裁法制の整備、国際仲裁に関する紛争解決を一層充実させるための施策等を含め、国際仲裁制度の整備に関する検討が、関係機関、団体等によってされることを望むものである。」(注12)。
この提言の前段の外国弁護士の活動に関しては、日本は1996年(平成8年)6月12日に外弁法を改正し、日本に登録した外国法事務弁護士は日本国内で行われる国際仲裁手続の当事者の代理人となりうること、(注13)日本に登録していない外国弁護士も自国の依頼者が日本における国際仲裁の当事者となった場合には、準拠法の如何にかかわらず当事者を代理できることになった(注14)。
また、提言の後段の国際仲裁法制の整備に関しては、1997年(平成9年)12月に日弁連と法務省の共催の下に、「国際仲裁研究会」が設置された。(注15)この研究会においても香港のHKIAC、シンガポールのSIAC、イギリスの「ロンドン国際仲裁裁判所」(LCIA: The London Court of International Arbitration)、「イギリス仲裁人協会」(CIA: The Charteral Institute of Arbitratiors)、フランスの「国際商業会議所(ICC)国際仲裁裁判所」(International Court of Arbitration, International Chamber of Commerce)等の海外調査を行い、その結果をもとに検討の結果1999年(平成11年)3月31日に報告書が公表された。(注16)
同報告書によると、国際仲裁の活性化の必要性に関しては「今後、ますます増大すると予想される国際仲裁に対するニーズに対応していくために、我が国を仲裁地とする国際仲裁を活性化するための具体的方策が緊急に検討されなければならないし、その方策の具体化を図らなければならない」(注17)とし、活性化のための方策として、以下の点が議論された(注18)。
(ア)我が国の仲裁に対する理解、信頼の確保 ①信頼される仲裁人の確保 ②仲裁人の養成 ③広報活動等の充実強化
(イ)仲裁法制の整備
(ウ)仲裁機関の在り方 ①既存の仲裁機関の取組み ②今後の仲裁機関の在り方
特に(ウ)②の今後の仲裁機関の在り方に関しては、「我が国における国際仲裁を活性化するための方策として、新たな国際仲裁を支援するための国際仲裁センターを設立し、政府等による資金援助をもって、通訳人等の人的態勢や、仲裁法廷、同時通訳設備、テレビ会議システム等の物的設備の充実を図るべきであり、これにより世界における国際商事紛争解決に資することになると同時に、我が国の仲裁に対する諸外国の信頼を確保することも可能となる」(注19)という日弁連出身の委員の意見が有力であったが、予算を伴う提言は避けたいという官庁出身の委員・幹事の意見が強く主張され、調整の結果、1999年(平成11年)3月31日付報告書では最終的には以下の提言となった。
「1 連絡協議会の設置 我が国における国際仲裁制度をより高次の段階に発展させ、我が国を世界における国際民商事紛争解決の拠点の一つとするために、仲裁機関の連携・協力のための横断的組織、すなわち、既存の国際仲裁機関に関係機関等を加えた「連絡協議会」を速やかに設置し、信頼に足る仲裁人の確保及び養成、広報・普及活動等を効率的、効果的かつ充実したものとし、我が国の国際仲裁に対する理解・信頼の確保に努める必要がある。 また、上記「連絡協議会」において既存の仲裁機関を人的・物的設備等の面で支援することを目的とする「国際仲裁センター」の将来的設立も視野に入れた具体的な諸問題も協議・検討されるべきである。
2 国際仲裁法制の整備 我が国における国際仲裁制度を活性化するため、国際的にも理解しやすい仲裁法制を確立することにより国際仲裁を利用しやすいものとするという観点から、早期に国際仲裁に関する法制を整備することが期待される。」(注20)
この国際仲裁研究会の提言の1に基づき1999年(平成11年)12月に「国際仲裁連絡協議会」(任意団体)が日弁連、各種仲裁機関、関係省庁の関係者を構成員として発足し(注21)、定期的に協議会を開催し我が国の仲裁制度の発展、仲裁人の確保及び養成、広報・普及活動等を効果的かつ充実したものとするための方策等が協議された。
また前記提言の2に基づき2003年(平成15年)8月に新仲裁法が公布(2004年3月施行)された。新仲裁法はUNCITRAL(注22)の国際商事仲裁に関するUNCITRALモデル法(1985年)(注23)に準拠しており、外国当事者にとっても日本の仲裁制度を予見することが容易となっているので、国際化が実現されたということができる。
なお、前記「国際仲裁連絡協議会」は2003年3月に発展的に解消され、同年10月16日に新たに日本仲裁人協会(任意団体)が設立され、同協会は2005年12月5日に法人化され社団法人日本仲裁人協会となり、2014年1月16日からは公益社団法人日本仲裁人協会(現理事長は川村 明弁護士)となり(注24)、前記国際仲裁研究会報告書で提言された信頼される仲裁人の確保・養成のための研修・検定、各種セミナーを実施し広報活動等の充実強化し、日本における国際仲裁の活性化のための方策を検討している。
日本仲裁人協会内にも2015年に「日本国際紛争解決センター」(仮称)設立検討会議を設置し、その具体的な方策を検討している。また、日弁連法律サービス展開本部国際業務推進センター国際商事・投資仲裁ADR部会においても同旨の活動がなされている。
グローバル化する事業活動と日本の国際紛争解決法制の整備
(注9)外国弁護士による法律事務の取扱いに関する特別措置法(昭和61年5月23日法律第66号)
(注10)Charles R. Ragan, “Arbitration in Japan: Caveat Foreign Drafter and Other Lessons” Arbitration International (Kluwer Law International 1991 Volume 7 Issue 2) PP. 93 -113
(注11)この研究会の構成員は座長の小島武司中央大学教授、委員は学者(1)、国際商事仲裁協会(1)、企業法務部(1)、外務省(1)、通産省(1)、法務省(4)、弁護士(3)、日弁連(3)の合計16名であった。
(注12)「国際仲裁代理研究会報告書」平成7年10月25日、国際仲裁代理研究会(日弁連、法務省共催)13頁。
(注13)外弁法2条1項11号、5条の3
(注14)外弁法58条の2
(注15)この研究会の構成員は、座長の川又良也大阪国際大学教授、委員・幹事は学者(1)、民間会社法務部(3)、国際商事仲裁協会(1)、日本海運集会所(1)、通産省(1)、建設省(1)、運輸省(1)、弁護士(4)、法務省(7)、日弁連(7)の合計28名であった。
(注16)「国際仲裁研究会報告書」平成11年3月31日、国際仲裁研究会(日弁連、法務省共催)
(注17)前掲報告書 8頁
(注18)前掲報告書 8頁~10頁
(注19)前掲報告書 10頁
(注20)前掲報告書 12頁
(注21)この協議会の構成員は座長は花水征一弁護士、委員は学者(2)、国際商事仲裁協会(1)、日本海運集会所(1)、通産省(3)、建設省(1)、弁理士会(1)、弁護士(1)、法務省(1)、日弁連(4)の合計16名であった。
(注22)国連国際商取引委員会(United Nations Commission on International Trade Law, UNCITRAL)は、国際商取引法の調和を図るために条約やモデル法、規則、法的指針を発達させ、それによって世界の取引を円滑にすることを目的としている国連の法律機関である。
(注23)その後このモデル法は2006年に改正されている。
(注24)川村 明、「日本仲裁人協会の取り組み」、法律時報87巻4号51頁
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